引き継ぎ

2021年10月19日(火)

10月1日から、あたらしい体制になった。異動の時期だ。ついに緊急事態宣言が解除され、ちょうど秋学期の授業が始まるタイミングだった。去る人、あらたに加わる人、居残る人。ぼく自身は、もうしばらく「おかしら日記」を書くことになった。(また2年間、よろしくお願いします。)
学内にたくさんの委員会があるという話は、先日の松川さんの記事に書かれていたとおりだが、それぞれの委員会メンバーもあたらしくなった。対面で集う機会も増えてきた。ふり返ってみると、この2年間は、COVID-19への対応におおかたの時間とエネルギーを奪われていた。まだまだ安心はできないが、少しずつ状況が好転していることは実感している。

いくつかの委員会に出席し、あたらしいメンバーとの顔合わせをしながら、あらためて引き継ぎについて考えるようになった。常識的に考えれば、それぞれの委員会は、メンバーを上手に交代させながら構成するのが理想だ。特定の人だけに負担が集中するのは避けるべきだし、さまざまな事案の経緯や背景などは、なるべく共有されていたほうがいいだろう。長く続けているメンバーに、パワーが集中してしまうことを懸念する人もいる。業務の内容にもよるが、不慣れであってもやりながら覚えていけばなんとかなる。なるべく偏りがないように、公平に役割分担をしたいものだ。
しばらく仕事をして、ようやく慣れてきた頃に交代ということもある。じぶんの力が及ばないところで、異動が決まることはめずらしくない。そこで、引き継ぎの話になる。2年前、「おかしら」の役目を担うことになり、いろいろな引き継ぎがあった。知らないことがたくさんあって驚きながらも、知らずに済んでいたことをありがたく思った。じぶんの知らないところで、誰かが丁寧に対応してくれていたからだ。

引き継ぎには、議事録をはじめとする、さまざまな記録が必要になる。もともと議事録は、複雑なやりとりを簡潔に要約するものなので、当然のことながら詳細な表現や文脈にかんする情報は削ぎ落とされている。デリケートな内容については、記録に残さない場合もある。現場のようすは、いくつもの細片となって記録されているので、そんなときには、「生き字引」ともいうべきベテランの同僚や事務担当のみなさんに教えてもらいながら、状況の理解を試みる。記録されている事柄を頼りに、記録されなかった事柄を想像するのだ。できるだけ多面的にとらえるために、前任者にたずねてみることもある。そうやって、少しずつ輪郭を描いてゆく。クイズを解くような感覚だ。
じつは、この「おかしら日記」も、15年以上かけて積み重ねられてきたSFCの記録として役立つ。「おかしら」たちが見たこと・考えたことが記されていて、時代を映した懐かしい内容もあれば、時を経ても変わらないテーマも見え隠れする。アーカイブに残されている一つひとつの記事は、いわばジグソーパズルのピースのようなものだ。そして、そのピースを眺め、つなぎ合わせるのは、ぼくたちの仕事である。

たとえば「未来創造塾」事業は、着想からすでに10年以上経っているが、この「おかしら日記」でも、たびたび話題になってきた。歴代の「おかしら」たちは、「SFC20周年を迎えて(2010)」の頃から、滞在型の学習プログラムを想い描いて「相思相愛の未来構想キャンプ(2011)」を始め、「夢を現実に(2011)」と語った。その後はシンポジウムなどの機会もつくられ、「未来創造塾でSFCは前に進みます(2013)」「未来創造塾とSFC5期生の同窓会(2015)」「建て替える文化(2015)」と、実現に向けた想いが消えることはなかった。
こうやって「おかしら日記」のアーカイブを遡れば、その時々の気運を読み取ることができるだろう。これまで、幾度か体制が変わりながらもプロジェクトは引き継がれてきた。いろいろな事情で「上書き」された計画もあるが、脈々と流れている精神がある。昨秋、東側のβヴィレッジの滞在棟がすべて竣工した。さらにこの夏、西側のΗヴィレッジの学生寮の建設が始まった。ぼくは、塾長や常任理事のみなさんを案内した日をふり返りながら「生活のある大学(2021)」を書いた。
日々の記録をとおして、ぼくたちのコミュニケーションが息づく。そして、コミュニケーションは、記録となって蓄積されてゆく。記録は、過去をそのまま復元するためだけにあるのではない。過去に敬意を表しつつ、変化に向き合う準備をするのだ。いくつもの過去をつなぎ合わせて、ぼくたちの未来像を描く。それが、引き継ぐということだ。

10月15日、伊藤塾長の「塾長室だより」がスタートした。この企画、SFCの「おかしら日記」に触発されたものだと聞いた。「塾長室だより」に綴られるエピソードも、大切なピースに加えていこう。

カモン!

2021年10月1日(金)

いや、さすがに「ノーカウント」ということにはならないだろう(そう願いたい)。得失点に数えず、記録にも残らないなんて、そんなはずはない。

2年前の七夕祭で、夜空に浮かぶ花火をインスタグラムにアップして、「確実に、時代の節目が来ているのだ。乾いた音とともに、湿った空が閃く。変化を告げる、狼煙が上がった。」などと調子に乗っていた。それから、あっという間に時間が過ぎた。あの合図は、いったい何をもたらしたのだろう。

「やってみなければ、わからない」ことは、たくさんある。気づけば「ベテラン」になっていて、いくつもの委員会で仕事をして、場数(ばかず)だけは増えた。だから、大した裏づけもないまま「なんとかなる」と思いがちだ。これは、もう危険な兆候だということに、ある程度は気づいていた。そして「3役」の一人として仕事をするのは初めてで、おまけにCOVID-19が立ちはだかった(他にも台風とかサイバー攻撃とか、いろいろあった)。日ごろの危機意識の低さを痛感しながら、窮屈な毎日を過ごした。「ステイホーム」が続いたおかげで2キロほど軽くなって、部屋はずいぶん片づいた。いや、だけど、こんな感じで任期が終わってしまっていいのだろうか。

日ごろから、過度な成果主義には疑問を唱えている。最近読んだ『測りすぎ(The Tyranny of Metrics)』という本が面白くて、とにかくなんでも測ろうとすると、おそろしくつまらなくなるだろうと危惧している。「監査文化」に埋没すると、アカデミアの未来は絶望的だ。そう思いながらも、「おかしら」の一人として仕事をした歳月をふり返ると、結局のところ、何も成果を出せなかったのではないかと自虐的になる。なぜか、成果を気にしているじぶんがいる。「ノーカウント」などということばが想い浮かんで、苦笑する。
「おかしら」と呼ばれるくらいだから、もちろん責任は負っている。だが、雇われ店長というか、店番のような存在なのだ。じぶんの店については、多少なりとも裁量はあるが、本店の意向は強力だ。上からも下からも(そして思わぬところからも)圧力を受ける、板挟みの役目だ。さらに、さまざまなことを「3役」で決めるという仕組みも、ときにはツラい。「3役」の一人として、あとの二人に挟まれる。緩衝材のように、自発的に挟まれに行くことさえある。店番をするにあたって、マニュアルが整っているわけでもない。散らかっていたら、整理整頓からはじめなければならない。

いまのような状況下で、人びとは強力なリーダーを求め、強いことばを欲する。強いことばは人びとを束ねて一体感をもたらすが、ともすれば、必要以上にリーダーに依存するようになり、自らが考えることを放棄してしまうのかもしれない。強いことばによって曖昧さや揺らぎを許容できなくなり、分断を生むこともある。そんななかで、ぼくは、〈多声〉を尊ぶことば、慈愛に満ちたことばを発することができるようになりたい。花火は一瞬で散ってしまったが、ぼくの想いはまだ消えない。だから、カモン板挟み!の心意気でゆくのである。 

10月1日になった。そうだ、ようやく緊急事態宣言が明けたのだ。4年生は、内定式。そして、秋学期のはじまり。キャンパスが、ぼくたちを待っている。

2年間の任期中、大変お世話になり、ありがとうございました。2021年10月1日より、引き続き大学院政策・メディア研究科委員長を務めることになりました。みなさん、どうぞよろしくお願いします。🙇🏻

f:id:who-me:20210930143238j:plain写真は9月30日(木):台風が近づいている。

Toward the “future”

SOURCE: From the Dean | Graduate School of Media and Governance, Keio University

It has been two years since I took on the role of the Dean of the Graduate School in the fall of 2019. Unfortunately, I spent most of my term at the mercy of COVID-19, and I had very few opportunities to meet with students, faculty, and staff on campus. Although there are still many inconveniences, it was an excellent opportunity to rethink the campus and the Graduate School.
For example, last year's spring semester, we decided to offer all of our classes online. It was fortunate that we had the background to move online because we have always had online courses and meetings. In addition, the SFC spirit of constantly confronting and overcoming such difficulties head-on helped make the semester a meaningful one, despite the anxiety. Also, we are adjusting to handle various documents and procedures online as much as possible. In addition, it became our chance to reconfirm the possibilities of online communication through attending conferences both in Japan and abroad and interacting with researchers from overseas universities and organizations.
Whereas the freedom to move has been taken away, our consciousness and the way we learn and work may be changing through this series of experiences.

Since its inception, the Graduate School of Media and Governance has advocated a cross-sectional and multi-disciplinary approach to various problem areas. Such orientation is reflected upon our attitude and methods, which emphasize experimental trials. Following diverse themes, we nurtured and shared orientation toward "practical knowledge" closely connected to the field, including making things, experiments, fieldwork, interviews, workshops, and social practices. As we acknowledge the importance of direct experiences, our mission is to contemplate and practice the "future" of academia based on the experiences of the past year and a half.
I also realized that inertia and slackness by the conventions and systems of the past. Thus, we are facing an opportunity to reconsider, as a whole, how we study at Graduate School. It includes the modification of the structure of courses and timetables and the process of obtaining a degree. We are to utilize our sensitivity and imagination rather than assume a system established for a long time.

From October 1, 2021, I will continue to serve as the Dean of the Graduate School. Without unconsciously referring to the "past," and with a constant experimentation and exploration mindset, I will continue to think with you about the "future" of Graduate School and, further, academic research.

(October 1, 2021)