7か月

[17] 2020年10月23日(金)

(9月19日〜10月18日)引き続き、(備忘もかねて)月ごとの記録を更新しておく。少しずつキャンパスに行く機会を増やしているものの、この窮屈な毎日は、「ひと月」(3月4日〜4月15日)、「ふた月」(4月16日〜5月15日)、「3か月」(5月16日〜6月19日)、「4か月」(6月20日〜7月18日)、「5か月」(8月19日〜9月18日)、「半年」(9月19日〜10月18日)を経て、すでに7か月。でも、「外」に出かける機会が増えてきた。*1

9月19日(土)

夏季「特別研究プロジェクト」2日目。きょうもキャンパスで開講。午後は「“ぼっち”スポット」をさがすという即日課題。秋学期には、キャンパスでオンラインの講義を受けるための「自習室」が設けられることになっているが、接続環境さえ整っていれば、おそらく静かに一人で受講するための場所がたくさんあるはず。秋晴れの気持ちのいい日なら、「外」でオンライン授業に出席するというスタイルは、うちのキャンパスでこそ。いろいろ、発見があった。

camp.yaboten.net

9月22日(火・祝)

秋分の日。「研究会」のメンバーと、ささやかな集まり。9月に卒業・修了する学生たちをお祝いする会。換気をして、マスクをして、距離を保ちながら交歓。会食はもちろんナシ。学生たちから、花をもらった。

https://www.instagram.com/p/CFdO2qQjodP/💐卒業/修了生たちからのプレゼント。あらためて、おめでとう。心おだやかに、過ごそう。

9月23日(水)

会議の日。午前中は、まずはβヴィレッジ(EAST街区)のお披露目から。まだあとひと息だが、建物はほぼ完成。こういうのを見ると、やはりキャンパスに戻りたくなる。宿泊利用は、まだしばらく先になりそうだけど。

https://www.instagram.com/p/CFds8u7jkct/きょうのキャンパス。ひと足先に、見学。 #returntolifeoncampus #ベータ村

その後は会議(×3)。オンキャンパスで、オンライン。

  • その1(60分くらい)
  • その2(120分くらい)
  • その3(90分くらい)
9月24日(木)
  • 研究科委員会関連の打ち合わせ(90分くらい)
  • 学生との面談(60分)

本来であれば、きょうは学部・大学院の入学式。特設ページで、新入生向けのビデオメッセージが公開された。長回し+自撮りには、けっこう苦労した。(けっきょく、20テイクくらいあったかもしれない)

youtu.be

9月25日(金)

会議、いろいろ。最近は、一日のなかで、オフライン(オンキャンパス)とオンラインの両方の会議が同居するようになってきた。あらためて移動(どこにいればいいのか)について考える。きょうは、三田で(リアルに)会議に出て、家に帰ってオンライン会議。

  • その1 三田キャンパスで会議(120分)
  • その2(60分)
  • その3(60分)
9月26日(土)

「特プロ」3日目。オンキャンパスでの開講だが、天気があまりよくないので、オンライン受講の学生が少し増えた。そんなふうに、その日の空模様で家かキャンパスか、えらべるようなやり方は、じつは便利だ。晴耕雨読の時間割。「特プロ」だからこそできるのだが、ふだんの講義科目で実現するのはなかなか大変そう。
午後は、キャンパスのなかで「教室」として使えそうな場所をさがすという即日課題。よい候補が見つかったら、秋学期に実際に試してみるつもり。9月26日の東京都の新規患者にかんする報告件数:269

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9月27日(日)

「特プロ」4日目。もともと、宿泊をともなう形のプロジェクトを実施したいと考えていたので、土・日連続の開講。きょうは、すべてオンライン。午前中は講義、午後は「お題」に対して、学生たちがそれぞれ近所/身の回りを観察しつつ「こたえ」を見つける(大喜利ふうの)実習。夕方、ふたたびオンラインで会って、成果報告と講評。

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9月28日(月)

週末、新入生向けのビデオメッセージに、英文のサブタイトルをつけた。(思っていたよりも時間がかかってしまった…。)

  • 大学院・新入生向けの学習指導相談会①(Zoomで, 120分くらい)
  • 三田で会議(60分くらい)

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9月29日(火)
  • マスクを公開(おかしら日記)
  • 「SFCでのあたらしい生活様式」(感染予防ビデオ)を公開
  • 大学院・新入生向けの学習指導相談会②(Zoomで, 120分くらい)

youtu.be

「特プロ」5日目(最終日)。講義とまとめ(きょうの課題は、秋学期に報告)。その後、大学院の新入生向けに、ZOOMで学習指導相談会を開く。
帰ろうと思っていたら(=もうすぐ高速の入口というところで)、電話が鳴ってキャンパスに呼び戻された。またもやハプニング。

9月30日(水)

SFC-SFSを停止して、一夜明けても、ドタバタ。秋学期がはじまる前日。朝から会議の連続(オンライン)。やはり、大学院の会議の議事進行は消耗する。そして、秋学期の授業開始が、1週間後ろへ(つまり10月8日から)。研究科委員長になって、あっという間に1年。明日から2年目。

  • その1(60分)
  • その2(120分)
  • その3(議事進行, 120分)
  • その4(120分)
  • その5(120分)
10月1日(木)

大学へ。授業開始は1週間後になったが、もろもろ準備や片づけなど。特設ゲートができていた。

https://www.instagram.com/p/CFyIdQbjbAy/🚧10月になった!はじめに「特設ゲート」へ。 #returntolifeoncampus

10月2日(金)
  • 会議(60分くらい)
10月3日(土)

晩は、卒業生たちと会食。なんとも言えない背徳感をいだきながら、静かに食事。

10月5日(月)

大学へ。じぶんとしては、少しでもキャンパスで活動しようという気分になっている。打ち合わせや面談。キャンパスはとても静か。

  • その1(対面, 60分)
  • 面談(45分×2)
  • 打ち合わせ(60分)
10月6日(火)

「非公式」ではあるが、「研究会」はスタート。4限は「外」で集まった。あたらしいメンバーは「はじめまして」で、他の多くは「ひさしぶり」。とくに、キャンパスでこの人数で集まるのは半年ぶり。やはりキャンパスはいい、としみじみ思う。5限は教室に移動。換気のために窓を開けているので、蚊がたくさん入ってくる。

https://www.instagram.com/p/CF_97b-DjzG/🦆「研究会」はじめました。 #returntolifeoncampus #vanotica20f

10月7日(水)

そして、朝から晩まで会議の水曜日。(月にいちど、こういう日があるが、これ、なんとかしたい。とくにずっとオンラインだと、本当に疲れる。)

  • その1(60分)
  • その2(60分)
  • その3(90分)
  • その4(60分)
  • その5(60分)
  • その6(60分)
10月8日(木)

ようやく「公式」に秋学期のはじまり。朝は2コマ続きの講義(オンライン)。英語の授業は、なんとか無事にスタートできた。その後は、ずっと授業。はじまった、という実感。

  • Research Foundations(大学院, 180分)
  • モバイルメソッド(大学院AP, 90分くらい)
  • 大学院生とのミーティング(90分)
10月9日(金)
  • 三田で会議(60分くらい)
  • 大学院関連の打ち合わせ(90分くらい)

夜は、三宅島の伊藤さんに会う。それにしても、まちはずいぶん賑やかになっている。金曜の夜だったからか、ちょっと心配になるくらい。少しずつ、三宅島に出かける計画を練りはじめる。台風14号が心配。

10月12日(月)

大学へ。

  • 面談(対面, 60分)
  • テラス倶楽部(対面, 60分)距離をとって、静かに。
  • オンライン面談(30分くらい)
10月13日(火)

大学へ。オンラインの打ち合わせ(40分くらい)を終えて、午後は「研究会」。少し大きめの教室に変更してもらえたが、あまり使い慣れていない教室なので、居場所に困るような。学生のプレゼンテーションは、やはり画面越しではなく、近くで聞くのがいい。

10月14日(水)
  • 会議(60分)
  • 先端研究レビュー(大学院, 120分くらい)
  • オンラインの打ち合わせ(60分)
10月15日(木)

早くも2週目。きょうは、すべてがオンライン。10月15日の東京都の新規患者にかんする報告件数:284人

  • Research Foundations(大学院, 180分)
  • モバイルメソッド(大学院AP, 90分)
10月16日(金)

2011年にスタートした「未来構想キャンプ」。いつもは夏の開催だが、今年は準備が間に合わず、夏に実施することができなかったが、11月にオンラインで実施することになった。ぼくは若新さんと一緒にワークショップを担当。その概要が公開された。

Every Person in Ikegami Lineをスタート。特プロの一環で提案された「キャンプ」を原案に、東急池上線沿線で観察とスケッチをおこなうことになった。昼間は、成果報告会の場所(候補になっているのは五反田の水辺広場)を下見。この日は、担当する駅を決める「ドラフト会議」。(五反田、旗の台、池上、蒲田を除く)11の駅が対象になる。

10月17日(土)

あいにくの雨。気温も下がった。Every Person in Ikegami Lineをスタート。10:30ごろに五反田駅をスタートして、対象になっている各駅で下車しながら、学生たちのようすを記録。駅によって、ずいぶん条件がちがう。昼ごろに蓮沼駅に到着。ランチを食べてから、上りの電車に。(日曜日の正午が、データの提出しめ切り。)

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10月18日(日)

Every Person in Ikegami Line(3日目)。朝から、少しずつデータが届きはじめる。昼前にすべて揃ったので印刷。「五反田ふれあい水辺広場」で成果報告会を開いた。わずかな時間でも、みんなで集まって、お互いの成果を眺めるという時間はとても大切。いいプロジェクトになった。ダイジェストビデオもつくった。

https://www.instagram.com/p/CGecicEjHmX/並べて、眺める。 #vanotica20f #epiil

The Making of "Every Person in Ikegami Line" from who_me on Vimeo.

(いまここ)

(つづく)

イラスト:https://chojugiga.com/

*1:必要に応じて、適宜加筆・修正します

2年目のはじまり。

2020年10月6日(火)

あっというまに1年が過ぎた。昨年の10月1日に「走りながら」と「おかしら日記」を書いて、あたらしい仕事をスタートさせた。「おかしら日記」は、無事に「復活」し、1年間続いている(思っているよりも早く番が回ってくる感じだ)。ドタバタと毎日が過ぎてゆくので、少しでも記録を残しておこうと、雑文だけは書くようにしている。
春からは、COVID-19のせいで、窮屈な日が続いている。1年が過ぎた、と書いたが、そのうちの半分(いや、半分以上か)は、思うように人に会うこともできずにいる。キャンパスに入ること、移動することさえままならない。まともな仕事をした感覚がないまま(もちろん、諸々のCOVID-19対応のことで、忙しく動いてはいる)、任期が半分になった。

秋学期をむかえるにあたって、少しずつ、キャンパスに戻ることができるように準備がすすめられることになった。もちろん、まだ安心はできない。ぼく自身は、さすがに“Stay Home”に飽きてきて、(くわえて、少し制限が緩められたこともあって)週に数回はキャンパスに出かけるようになった。あらゆることが半年ぶりで、すべてが懐かしい。交通渋滞さえ、ひさしぶりだと、なんだか楽しい。

9月の初めには、新入生向けのキャンパスツアーをおこなった。キャンパスに入るのは初めてだという一年生たちを案内して、猛暑のなかを歩く。マスクは苦しいし、汗はだらだらと背中を流れて、でも、地面からエネルギーを吸収しているような感じ。大げさにいえば、生きているという実感。

キャンパスには、あたらしく入構ゲートが設置された。感染拡大を予防するために、大きなファンや消毒用のキットが準備されている。ドアには、直接ノブに触れずに(肘などで)ドアを開けることができるような、補助具が取り付けられた。同僚たちと、『SFCでのあたらしい生活様式』というビデオクリップもつくった。少しずつ、秋学期をむかえるモードになってきた。

9月入学の新入生のために、メッセージビデオもつくった。すべての学部長、大学院の研究科委員長宛てに依頼文が届き、それぞれ「形式を問わず」「任意の方法(スマートフォン、タブレットPC による撮影や、Zoomの録画機能を含みます)」で収録すればよいとのことだった。ぼくは、迷わず自撮りすることに決めた(じつは、あまりやったことがない)。せっかくなので、キャンパスを歩きながらにしよう。個人的には長回しで撮った映画やビデオが好きなので、カメラを止めずに。これは、なかなか大変だった。5分のメッセージを撮るのに、何度もやり直した(数えていないが、20テイクくらいはあったと思う)。長回しなので、間もなく終わりそうだというときにトチってしまうと、最初からもう一度ということになる。暑いし、声は枯れてくるし、予想していたよりもずいぶん時間とエネルギーを使った。
じつは、お願いすれば、三田キャンパスで収録してもらえることもできたようだ。でも、やはり“ホーム”(=湘南藤沢キャンパス)で撮ってよかった。新入生向けの特設サイトから、全学部・研究科のメッセージを観ることができるが、歩きながら自撮りしているのは、ぼくだけだった(ちょっとだけ自負を込めて)。

直前まで迷っていたが、昨年の夏に急逝した母の一周忌は、決行することにした。なにしろ高齢者が多いし、会食なしが前提なら、もう集まらなくてもいい(集まらないほうがいい)のではないかと考えていた。しかも、猛暑の日が続いている。それでも、考えたあげく、結局は顔を合わせることにした。「おかしら」の一員になったことは、直接報告することができたが、その後のこと、近況などを伝える機会はなくなってしまった。
仕事をあまり断ることがない。そんな性分だから、しかたない。頼まれ事もいいが、代わりなんていくらでもいるのだから、もっとじぶんのやりたいことをやりなさいと、母はいつも苦言を呈していた。あいにく小雨模様だったが、少し気温が下がったおかげで、黒い服を着ていてもなんとかなった。まぁ相変わらず忙しくやっていますと、墓前で報告した。これで、少し落ち着いた気分になった。

9月の後半には、夏季「特別研究プロジェクト」を開講した。いわゆる「集中講義」のようなものだ。個人的には、宿泊を伴うかたちで実施したかった(これまでも、夏休み・春休み中の「特別研究プロジェクト」では、国内外に出かけてフィールドワークをおこなった)。状況が好転するのではないかとわずかに期待しながら、夏の終わりに日程を設定しておいたが、やはり学生たちとどこかに出かけるのは、まだ先になりそうだ。
とはいえ、キャンパスでの開講は実現した。秋学期をむかえる練習のようなもので、この半年間に失った感覚を取り戻すことができればと思った。履修者は「研究会」の学生たちだ。ひさしぶりに、キャンパスで会う。ふだん、あたりまえだったことなのに、なぜこんなに心が揺れるのか。不思議なほど、うれしかった。
家族以外との“リアル”なコミュニケーションが、あまりにもひさしぶりだったので、初日はぐったりと疲れてしまった。学生たちも、ひさしぶり(およそ半年ぶり)のキャンパスに、大喜びのようすだった。春学期をとおしてオンライン講義に慣れてきて、その便利さは身体で感じている。オンラインのよさは、たくさんあると実感しながらも、ただキャンパスで会う、それだけのことが愛おしかった。

ようやく秋らしくなって、いよいよ新学期というところで、トラブル発生(長くなるので、ひとまず省略)。やれやれ、ハプニングは絶えない。2年目のはじまり。

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写真は9月17日。2メートルを体感してみる。(via 堤飛鳥)

マスク

2020年9月29日(火)*1

幸いなことに、ここ10年以上、風邪をひいたことがない。毎年、季節になると苦しんでいる人がいることを思うと申し訳ないが、花粉症もない。だから、マスクをする"日常"が訪れることなど想像もしていなかった。視覚的なことにかぎっていえば、マスクは顔の一部を覆い、自分らしさを消すアイテムだ。なにより、口元が隠されてしまうので、表情を知る手がかりが、とたんに乏しくなる。ベースボールキャップとサングラスが加われば、(おそらく目立つが)すぐに「怪しい人」になれる。
緊急事態宣言が出されたころは、なかなかマスクが手に入らなかった。すでに述べたとおり、ふだんからマスクをすることがなかったので、家にストックがあるわけでもない。結局、ネットで探して、不本意ながら高価なマスクを買った。慣れていないと、マスクとともに暮らすのは大変だ。運動不足解消のために続けていた散歩も、マスクをしたままだと、気温の高い日には苦しく感じるようになった。

そして、これは私たちの適応力の高さなのだと思うが、いまやマスクは"日常"になった。かつての「怪しい人」が、たくさん歩いているのだ。先ごろ、マスク専門店が開業したというニュースを見た。実際に外に出て見回すと、マスクは装いの一部として浸透しつつあることに気づく。品薄だったころとは、大ちがいである。機能はもちろん大事なのだが、色や柄、素材も、じつに多様だ。個人的には、黒いマスクはあまり好きではなかったが、その感覚も和らいできた。洋服や持ち物の色とマッチしているマスク姿の人を見かけると、怪しいというより「素敵な人」だと思うことさえあるのだから不思議だ。わずか半年で、私自身のマスク観が変わってしまったようだ。マスクは、自分らしさを消すのではなく、主張するメディアとして理解することもできるだろう。

マスクをする"日常"は、同調を求める圧力に充ちている。秋学期に向けて、少しずつキャンパスの利用を再開しようと準備をすすめているいま、感染拡大を防止するためにマスクの着用を求めることになる。キャンパスにかぎらず、公共交通機関やさまざまな施設を利用するとき、そして、まちを歩くときも、マスクをつけることがあたりまえになりつつある。
だが、うっかりマスクを忘れてしまうこともある。そんなときには、後ろめたさを感じたり、勝手に人びとの視線を冷たく受けとめたりする。いっぽう、マスクをつけていない姿を見たときの人びとの反応が、(いささか誇張されながらも)冷酷に映る場面もある。じつは、息が苦しくて、ちょっとマスクをはずしているだけかもしれない。肌が敏感で、マスクとの摩擦でどうしてもつけることができない場合もあるだろう。人それぞれの事情があることは、まちがいない。

学生や同僚たちに会う機会が、戻ってくる。およそ半年ぶりの再会を楽しみにしながら、マスクをする"日常"について、あれこれと考えを巡らせてみる。マスクをしているかどうかは、見ればすぐにわかる。そのわかりやすさのせいで、私たちの感性が鈍ってしまうことはないだろうか。マスクをしていない、その姿を見ただけで、感情的に反応してはいないだろうか。そんなとき、その背後にある事情を想像してみる。ちょっとしたゆとりを持つことが大切だ。
じつは、マスクにくらべると、はるかにわかりづらい状況がたくさんあることに、あらためて思いいたる。元気そうに見えて、じつは病気を患っている人もいる。視覚的な手がかりだけで、お互いの置かれている状況を知ることには限界があるのだ。親しい間柄であったとしても(というより、親しい間柄であればこそ)、わかり合えないこともある。
私たちは、社会生活を送るうえで、多少の窮屈は受け容れざるをえないことがある。だが、一人ひとりの考えも態度も多様で、全員がちがう。それでいて、みんなが孤立しているわけでもない。他者への想像力は、そうした複雑な日々のなかで、他者とのかかわり合いのなかで、培われていくものだ。