リベンジ

2021年12月21日(火)

SOURCE: リベンジ|政策・メディア研究科委員長 加藤 文俊 | 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)

どうやら、無事に部室棟の大掃除が終わったらしい。この2年近く、学生たちの課外活動は、著しく制限されていた。そもそも、キャンパスへの立ち入りが禁じられていたのだから、その間、部室は風が通ることもなく閉ざされていた。しばらく、呼吸を止めていたようなものだ。残念ながら、休眠状態が長かったために、もはや活動を再開するのが難しいサークルもあるようだ。状況は好転していて、来年度に向けた準備の一環なのだろう。かなり思い切った大掃除がおこなわれ、場合によると、ついでに30年分の汚れも一掃されたと考えることもできる。COVID-19については、恨めしく思うことばかりだが、長きにわたって放置されていたモノ・コトを、思い切って処分する後押しをしてくれているのかもしれない。

昨年は、創設30年という節目だった。初期のころ、つまりまだキャンパスが形になっていないころ、文字どおり「工事中」のキャンパスに通っていた学生たちは、卒業後も強い紐帯で結ばれている。キャンパスが生まれ、育ってゆく現場に立ち会ったという体験を共有しているからだ。じつは、「工事中」に培われた一体感に敬意を表しつつも、つねづね疎外感を味わってきた。ちょっとした嫉妬なのかもしれない。キャンパスには絶えず往来があり、人が入れ替わる。ぼくたちの一体感に、もっと広がりがあればと思う。だから、30年分の大掃除は記念すべきことなのかもしれない。
ずっと続いてきた「秋祭」は今年が最後で、来年度からは合併した実行委員会で「七夕祭」の開催を目指すという。これもCOVID-19の影響と無関係ではないと思うが、続けるために続けるようになったら考えどころなのだ。部屋だけではなく、感情も丁寧に整理する。潔く気持ちを切り替えてみると、なんとなくあのころの「工事中」のマインドになれるのではないか。最近は、そんなことを考えている。部室棟にほど近い現場では、未来創造塾の学生寮の建設がはじまっていて、リアルな「工事中」の風景がある。

テレビのニュースなどでは、「リベンジ消費」ということばを耳にするようになった。2年近くも我慢せざるをえなかった反動で、人びとがまちに増えている。買い物も旅行も食事も、日常が活気づくのは悪くない。当然のことながら、学生たちの「リベンジ」もはじまっている。まずは友だちと会ったり、遠出を企画したり、部活やサークルなどの「課外活動」に向かっているのだろうか。失われていたことがはっきりわかっていれば、それを取り戻そうとするのは、ごく自然な流れだろう。いうまでもなく、学生の本分は学業だ。だから、新鮮な気持ちでキャンパスに通って、「リベンジ学習」に勤しんでほしいと思う。

ぼくにとっての「リベンジ」は、なんだろう。

2年前の秋から、研究科委員長室を使えるようになった。もともと備品として置かれていた応接セットは、お願いして片づけてもらった。「応接」は、なんだか堅苦しく思えたからだ。イケアに行って大きなテーブルとイスを5脚買い、一人で運び込んで静かに組み立てた。だいぶ、部屋の雰囲気が変わった。大きなテーブルを囲んで、補佐の先生がたと話をしたり、大学院の会議の下打ち合わせをしたり、最初の数か月はテーブルが役目を果たしていた。だが、年が明けるとほどなくCOVID-19に翻弄されるようになって、せっかく新調したテーブルもイスも、2年近く使われることなくじっとしている。その意味では、開かずにいた部室と同じようなものだ。

ぼくにとっての「リベンジ」は、コミュニケーションだ。役目上、「陳情」や「告発」を聴き、「申し渡し」も「ヒアリング」もする。面倒な調整がたくさんある。一つ落ち着いたと思ったら、すぐに次が来る。だが、そもそも大きなテーブルは、肩の力を抜いて屈託なく同僚たちとおしゃべりしようと思って買ったのだ。とくに用件がなくても、ちょっとした日常の出来事についてやりとりしていれば、人とのつながりは、より確かなものになる。なのに、COVID-19とオンライン化の勢いで、気づけばそんな余白の時間は、すっかりそぎ落とされてしまった。言い訳や恨み節は一掃して、あたらしい年は、まさに「工事中」のマインドで迎えたい。起伏に富んだコミュニケーションを賭けた「リベンジ」のはじまりだ。

 

ちょっと気が早いのですが、本年も大変お世話になりました。いろいろと考えるべきこと、やるべきことはたくさんありますが、心身ともに健やかに。どうぞよい年をお迎えください。