2022年2月4日(金)
立春。昨日は恵方巻を食べて、豆まきをした。ネット上で散見した(12年に一度という)「トラの恵方巻」は、手に入らなかった(あれは、つくらないとダメなのか)。そして、ドタバタとしながら学期末を迎えようとしている。成人式のあたりを境に、またしてもCOVID-19に翻弄される日々になってしまった。毎日発表される陽性者数は、いまは20000人という桁数になっているが、わずか1か月ほど前、去年の暮れは30人程度だった。少しばかり、感覚が麻痺しているような気もする。まちを歩くと、それほど人が減っているようにも見えない。キャンパスは、授業期間が終わったこともあって、さらに「疎」になった。
毎年、この時期にはキャンパスの外に場所を借りて、研究室の成果報告の展覧会(フィールドワーク展)を開いている。昨年はオンライン開催になったが、今年は(さまざまな対策を講じながら)なんとか対面で実施しようと準備をすすめてきた。結局のところ、ここ数週間のようすを見ながら、10日前になって延期を決めた。
この判断は、もちろんやむをえないものだ。だが、辛い決断だった。学生たちの意気消沈ぶりは、想像どおりだった。もちろん、この展覧会は今年で18回目(18年目)になるので、ぼく自身にとって思い入れのある、大切な場所であることはまちがいない。昨年は、「緊急事態宣言」の発出が決め手になって、たしか1月の中旬にオンライン開催を決めた。それでも、初めてのオンライン展覧会だったので、それなりに前向きに考えることができた。あれから1年、オンラインのコミュニケーションが日常化したいまは、バックアップのプランとしてオンライン開催を考えることさえしていなかった。それほどまでに対面への執拗な欲求があったのだと思う。
ピークアウトして、少しは状況が好転することを期待して、展覧会は3月の中旬に開催することになった。幸い、とくにキャンセルや変更にかかわる費用負担もなく、同じ会場を使うことができる。ひとまず佳い方向だと思いつつも、とりわけ卒業・修了を目前にした学生たちにとっては影響が大きい。春に向けて、会社の研修や引っ越しなど、3月の中旬の予定はもはや調整が難しいのだ。全員が揃う機会のないまま、展覧会を開くことになりそうだ。すでにCOVID-19のせいで制限を受けているが、ギャラリーで人と語らうひとときは格別だ。ほんの数分でも、マスク越しの笑顔でも、お互いをリアルに感じながら過ごす時間をつくれないだろうか。それを考えて、苦しくなる。
昨年の3月、卒業生のイベントや学位授与式で、あいさつをする機会があった。ぼくは、「きっと君たちを理解したつもりになろうと〈コロナ世代〉などとひと括りにする連中が現れるだろう。そんな連中を笑い飛ばしてやれ。君たちはコロナ禍に見舞われながら研究をまとめる最後の年を乗り切った力を持っている」というような話をした(石川初さん訳)。多少の自負をこめて、昨年のあいさつとしては上出来だったと思う。そして、1年前とそれほど変わらない心持ちで、また春を迎えようとしている。諦めはない。哀しくて悔しくて、でも前向きである。
昨日は大学院生の報告を聞き、研究室の掃除をしたり、事務的な対応をしたり。キャンパスは静かだった。それにしても、いま担っているのは「調整役」なのだとつくづく思う。そう思わせる事案が、次から次へと出現し、それらに負われて過ごしている。COVID-19の影響もあって、クリックしたり、スマホやカードをかざしたりするだけで、いろいろな用事が済むようになっている。そのいっぽうで、過去の記録を読み、メールを書いて、電話で話をする。丁寧なコミュニケーションがなければ、すすめることのできない事案がいくつもある。顔を合わせることが難しくても、リアルタイムで生の声を聞き、その場でことばをさがす。スマホの向こう側にいる相手の表情を想像する。「調整」は難しい。密やかに楽しい企てについて語ろうというなら、その「調整役」はよろこんで引き受けたい。残念ながら、楽しい話題ばかりではない。ぼくでなくても、適任はたくさんいるはずだが、いまはその役目をまっとうするしかない。
先日お土産でいただいた「一本義」が冷えていた。いちずに、利害を捨てて条理に従うようにということか。
写真は2月4日:工事のすすむΗ(イータ)ヴィレッジ