年越し

2020年1月2日(木)

12月も、あっという間だった。秋学期は終盤。年明けに数週間残されているものの、ぼんやりと「節目」が見えてきて、少し気が楽になる。中旬には、土屋さんに誘われて(加茂さんも一緒)台湾に出かけた。「台湾は初めてです」と言うと、みんなに驚かれる。あちこち旅しているという印象があるのか、あるいは、それほどまでに台湾は身近な存在なのか。
もちろん、観光旅行ではなく、「インド太平洋地域における通信ネットワークの地政学と地経学 国際シンポジウム」に参加するためだ。大切なテーマであることは理解しているつもりだが、見てのとおり、ぼくの専門ではないので、発表したりコメントをしたりということではない。いちおう「長」のつく役目を負っているので、出番は儀礼的な場面で簡単な挨拶をする程度だ(プログラムには「来賓祝辞」とあった)。かねてから同僚の先生がたが、講義をするために足をはこんでいる大学なので、見ておきたかった。友好的な関係を大切に育んでいけば、さらに面白い交流の機会をつくることもできるはずだ。そう思った。

挨拶を終えてから、シンポジウムの会場を抜け出した。土屋さんや加茂さんの発表は聞かずに(ごめんなさい)、キャンパスを案内してもらうことにしたのだ。緑の多い、広大なキャンパスだった。東京は寒い日が続いていたが、台北は、歩くのにちょうどいい陽気。キャンパスのなかにある学生寮を見せてもらった。どうやら、いくつも寮があるらしい。やはり、暮らしと学びが一体になっているのは魅力的だ。通学に時間を奪われることなどなく、勉学を中心に毎日を組み立てることができる。
つい最近オープンしたばかりだという、あたらしい図書館は圧巻だった。大きな吹き抜けを囲むように、閲覧席や書架が並んでいる。間接照明でほの暗い館内は、とても静かだ。隣接する建物は、24時間開放されている学習スペースで、ちいさな池を臨んでいる。同じ敷地に、さらにあたらしい寮を建設予定だという。

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滞在中、昼も夜も、いろいろな人に会って話をした。詩的な日本語を話す人もいた。シンポジウムで通訳をしていた学生たちも、綺麗な日本語を話していた。聞いてはいたものの、日本との心理的な距離がとても近いのだということを実感した。このさい、本場でタピろうと思っていたが(東京ではいっさいしません)、タイミングを逸してしまった。

 

そして年末。ここ数年は、どんなに忙しくても時間をつくって、心も身体もふやけてしまうほどに、だらだらと過ごす旅をすることにしている。かなり押し迫ってはいたものの、なんとか予定をやりくりした。雪道を、バスに揺られながら温泉宿へ。さっそく、湯に浸かる。
この10年ほど、キャンパスの窮屈さがどうも気に合わず、「外」で活動することばかり考えていた。だから、「キャンパス」と対比させるかたちで「キャンプ」という学びかたを標榜し、試行錯誤しながら、学生たちをキャンパスの「外」に連れてゆく実践をすすめてきた(数えてみたら、10年間で、宿泊を伴う実習を48回おこなっている)。だが、そんなじぶんが、シンポジウムを抜け出して、キャンパス見学を楽しんでいた。きっと、ぼくはキャンパスが好きなのだ。好きだからこそ、キャンパスのありように敏感になっているのかもしれない。
キャンパスで過ごす時間は、細かく切り刻まれて、「余白」がほとんどない。朝から晩まで会議で予定が埋まる日は、本当にくたびれる。「それが仕事だ」では、済まされないだろう。ぼくたちの創意くふうで、キャンパスは息づくはずだ。たとえ、ささやかなことであったとしても。湯けむりのなか。ぼんやりするつもりだったのに、真面目に考えごとをしてしまった。

無事に年越し。みなさんにとって佳い年になりますように。🙇‍♂️本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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写真は12月28日。高台にある寺は、雪でおおわれていた。